政治家のおかしな言語感覚

さて、頻繁に更新するつもりが、なんと四ヶ月もほったらかし。
ネタをスポーツに限るのではなく、もっと広範囲にというわけで、今回は政治ネタ。いま話題の某県知事と某与党の人々のこと。ただし、そんなに硬い話ではないので、リラックスして読んでください。
洗うのは、自分の顔、相手の顔?
まず、ちょんまげ水掛元政務次官。レスリング選手だったそうです。スポーツばっかりで勉強がおろそかだったのではと思っていたのですが、やはりそうなのかと思わせる発言。
選挙に出ろと言うなら、自分を総裁候補としてという某知事の発言に対して「○○君、顔を洗ってくれたまえ」。
本人は気の利いたセリフのつもりなのでしょうが、言葉も、その意味も用法も間違えていませんか。
まず、このセリフをそのまま解釈します。「くれたまえ」は漢字で書くと「呉れ給え」で、「してちょうだい」っていうことなんですね。私には「○○君」に向かって、「私(ちょんまげ水掛議員自身)の顔を洗ってくれないか」としか取れないのです。彼はたぶん、「顔を洗って出直しなさい」と言いたかったのでしょうね。言葉も意味も違いますね。
さて、真意は「顔を洗って出直せ」だったとしましょう。だとすると、これは用法を間違えています。
出ていったのは、某与党幹部の道路族爺さんです。ですから、出直すのは某県知事ではなく、爺さんの方のはず。
ということは、これは党の論客(本人がそう思っているだけだと思うけど)として、あえて幹部に苦言を呈したのだと考える…というのはうがった見方、でしょうね。
問題は、この言葉に対して誰も疑問や意見を言わないこと。まあ、文部科学省の重鎮として教育問題に造詣が深く、よもやそんな間違いをしていると誰も思わないから…ていうのは変です。センセイがたの国語力を疑ってしまいます。
国を愛することをガキどもに植え付ける前に、もっと自分たちの言葉を吟味して使うようにしてほしいものです。
八百屋に「お」をつけるヤツがいるか?
次に、某県知事の記者会見での言葉。
「私を総裁として次の総選挙をお戦いになるお覚悟がおありになるのか」です。
はっきりいって、「お」はどれも不要。せいぜいさいごの「ある」につけるぐらいでいいでしょう。言い換えてみましょう。
「私を総裁として、次の選挙を戦う覚悟がおありなのかどうか」でいいはず。ずっとすっきりするではありませんか。
過剰敬語のひとつですね。
そういえば、前の前の総理大臣の「お示しをしてまいります」も気味が悪い「お」でした。「示します」でいいんですよ。だいたい、自分の「示す」という行為に「お」をつけるのをおかしいとは思いませんか。けっきょく、この前々総理は、お腹も言葉づかいも治らないまま、お辞めになりましたが、問題なのはこの言葉づかいに対して誰も何も言わなかったこと。「仲良し内閣」と言われたのは、こうしたことに気づいていても注意しなかったこともある…わけないでしょうね。ホントに気づいてないんだろうな。
政治家の武器は言葉…のはずだが
そもそも政治家は理想にしろビジョンにしろ、言葉によって人々に訴えるのです。
オバマ大統領の演説の本やCDが評判になったのも、彼の言葉に、私たちに訴えかけるものがあり、私たちがそれに魅せられる力を持っているからでしょう。
でも、です。この一連の立候補要請・総裁候補発言の騒ぎのたった二つの言葉をみるだけで、日本の政治家には訴えかけるもの・語るべきビジョン以前に、語るべき言葉の使い方や用法そのものが備わっていないことがわかります。
だから、どんなにきれいな言葉、新しい言葉、いかにも「美しい」言葉を並べても、空疎な音の羅列にしか聞こえないのです。
今日の日刊スポーツの政治コラム、「会議録の大平正芳の答弁からアー、ウー」除いてみると、見事に論理的で無駄がない」という田中角栄の言葉が出ていました。
ウケのよい言葉だけで総理になれる時代。使う政治家も×だけど、それを受け入れる選挙民もなんだかなあ。
そして、おかしいと一言も言わない、「言葉の使い手」であるマスメディアのみなさんは、もっと×。報道ステーションの司会をやっている人(もうキャスターでもないよな、あれじゃ)ぐらいは何かを言うかとかすかに期待していたんですけどね。
硬くなくといったわりに硬くなりました。すいません。でも、読んでください。



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