ポーランド戦ボール回しは反則か?

半年ぶりの更新。忙しかったもので……。
さて、サッカーのワールドカップは決勝トーナメントに突入。4ゲームが終わったところですが、やはり緊張感が予選ラウンドとは全く違いますね。
結果、FIFAランキング下位のチームが勝ち上がりです。ノックアウトステージの怖さでしょう。
たしかにワールドカップ本大会に出ることは、各国の代表選手と、それにつらなるサポーターにとって、一つ上のステージですが、決勝トーナメントというのは、さらに1ランクも2ランクも上の世界です。
そこへ進んでこそ、フットボールの醍醐味や怖さ、素晴らしさが見えてくるのだと思います。西野監督は、たしか選手たちにそこを見せてやりたいと言っていたと思います。
セネガルが点を入れるケース、同点を狙って追加点をくらう、さまざまなリスクについては、あちこちで話題になっていますから、その話はここではなし。
問題は、あのボール回しは卑怯とか、日本のサッカーを台無しにしただとか、サムライではないとか、「勇ましさ」やら「勇猛さ」やらを押し出した意見です。
自陣でボールを回すのは何らルール違反ではありません。そもそもサッカーは手を使ってはならないスポーツです。何かの拍子にパスミスで相手にボールが渡ってしまうリスクは、常にあるのです。そうならないために、手を使ったのなら反則ですが……。
ラグビーで、リードしている側が常にFWの近くで何度も密集(ラック)を作って、相手にボールを渡さないようにして時間を使うという作戦があります。ラグビーは手を使えるけれど、ボールを前に投げられないこと、タックルされたらすぐにボールを放さなければならないこと、陣地を大きく前に出すにはボールを蹴る=相手ボールになるしかないことなどが理由です。
もうひとつ、アメリカンフットボールでは、スクリメージからスナップされたボールをつかんですぐに膝を地面につけたり、制限時間になってもプレーを始めないでわざと反則(10ヤード下げられる)になったりという、リードしているチームの作戦があります。タイムイート(時間食い)と呼ばれるものです。
いずれもルール内のプレーです。これを「卑怯だ」とは誰も言いません。
たしかに、通常は「リードしている側」が行うもので、負けている日本チームが行うのには違和感があるかもしれません。ただし、ここでの「勝ち負け」は、次のステージに行けるか行けないかで判断されるべきです。結果的に日本は、このゲームには負けましたが、予選ラウンド突破という「勝ち」を収めたのですから。
もうひとつ最後に、あの10分間、なぜポーランドはボールをチェイスしなかったのかにも目を向けてほしいですね。ポーランドが欲しかったのは、このゲームの勝利=勝ち点3。積極的にプレスをかけて奪いに行くのは勇ましいけれど、裏を取られて同点にされたら……。レバンドフスキーは、個人としてはボールを奪って1点を取りたかったかもしれないけれど、チームとして国の代表としての勝ちを優先したのだと思います。
南アフリカ大会で、守備のブロックをがちがちに固めて決勝トーナメントに進んだとき、一部の評論家は「岡田は日本のサッカーを、日本のサッカーの未来をつぶした」と批判しました。きっと、今回もそう言うのでしょう。
だけど、やれ「自由を」「創造性を」などと美辞麗句を並べたり、「ボールを保持して攻める」「ボールを前に」だのと勇ましいことを言いつのった結果、どうだったでしょうか。2006年と2014年、あれで日本のサッカーの未来が開けたとは、私は絶対に思いません。
「自分たちのサッカー」とは、相手があってこそのものです。日本サッカーの未来は、一つ上のステージさらにその先のステージで何を見て何を学ぶかによって開くのだと思います。
岡田正義さんは、ヨハン・クライフが「美しく負ける」と言ったのは、負けた時に負け惜しみで言った言葉だと言いました。
監督に就任したのは、いずれも、途中からでしたが、1998年は一つも勝てませんでした。2010年は、日本代表の選手たちと私たちに、その先の世界を見せてくれました。ベスト16のパラグアイ戦は、もう少しでトルシェで行けなかった「その先」に届くところでした。
だから、私は感動しました。残念ながら、2006年と2014年の日本代表には、何の感動もありませんでした。
今日の夜、日本代表は次のステージを目指します。西野監督と選手たちは、それを見るチャンスを私たちにくれたのです。ベルギー戦の結果はどうあれ、そのことだけであの10分間のボール回しは、正しい作戦だったのです。

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