原発反対のデモを見て

日本には、「原発銀座」と呼ばれている福井県の敦賀一帯今回の地震で注目されるようになった(ほんとうはもっと前から注目されるべきでしたが)福島第一と第二原発や女川原発、また玄海や浜岡などもあります。試験中に本格稼働していた泊原発や、建設計画がある山口県もニュースになっています。
そんななか、福島県の南相馬市と浪江町が「脱・原発」に舵を切ったというニュースがありました。
いまある原発は、順次廃止にして、新規の原発は建設予定のものも計画中のものも、これから作るかどうかを検討するというものも、すべて白紙撤回すべきだと私は思います。
そのとき、ただの一市民である私ができるのは、現時点では「声をあげること」「民主的な方法で判定すること」。
その意味で、先週末、明治公園で行われた原発反対の集会の大江健三郎さんのメッセージに共感します。
私は参加しませんでしたが、ニュース映像を見ていたら、メッセージを読み上げる大江健三郎さん、シュプレヒコールを上げていた山本太郎さんの後ろに、鎌田慧さんの顔が映っていました。
いま、鎌田さんの『下北核半島』という本を読んでいます。
私のふるさとが、これまでどういう仕打ちを受けて、どういう経緯で「原子力半島」にされているのか、そしてさらに処分場=核のゴミ捨て場まで含めた「原子力センター」にされつつあるのかが、あらためてまとめられています。
これまで、鎌田さんの『六ヶ所村の記録』のほかに、様々な人の六ヶ所、東通、下北半島の核開発に関する本をたくさん読んできました。
その結果、私はこう思うようになりました。「東京に住みついた私には、ふるさとにいる人たちの選択にとやかく言うことはできないのではないか」
しかし、3・11を経た現在、それは間違っているのではないかと思っています。つまり、いま住んでいる人たちだけの問題ではないからです。福島で起きていることは、それまで住んできた人たち、いま住んでいる人たちだけの問題ではないからです。これから先、数十年を生きなければならない人たち、これから生まれてくる人たちの問題でもあるのです。
そして、そこに住んでいた動物のこともあります。牛は、エサももらえずに放置されて、あげく「殺処分する」のだそうです。飼われていた犬や猫のことは何度も取り上げられています。先日は、ダチョウもニュースになりました。
その責任は、第一に東京電力と自民党政府にあります。そして、そこに原発が来ることを容認した人たちも、責任を免れることはできないのです。
翻って、下北半島がどういう状況にあるのか、なぜそういう状況になったのか、だれがしたのか、そうせざるをえなかったのはなぜなのか。
私は、すくなくともその一部を知っている、見聞きして知識や情報のたとえ一端であったとしても理解している者として、知らないふりはできないと思うようになりました。
では、下北半島の為政者は、行政はどうなのでしょう。現在のところ、表立って「脱・原発」「原発反対」という動きは出ていません。今後、そうした動きがあるのかどうか、注目したいと思います。
それを知るためにネットを検索したところ、あるブログに行き当たりました。バイクで下北半島をツーリングしている方のブログです。
いま下北半島の各地がどんな様子か、ときどき見てみようと思います。

この記事へのコメント

ここの愛読者です
2013年05月05日 14:19
私は年寄りだから
主人の仕事の都合とか近所のお付き合いの都合とかで
大きなことは言えないけど、あなたの声は響きます
頑張ってください
下北の知ってる友達や親戚も
その恩恵の中でくらしていると思えば
何もできない、、影で応援しています

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