外野の評論とサポーターとの違い

勝ったぞ! なんか文句あるか?
勝ちましたね。日本代表。よくやった。よく我慢した。
そして、本田。よく入れた。
ゴールシーンをテレビで見た限りはイージーに見えました。でも、サッカーマガジンの12~13ページの写真を見ると、角度もコースもディフェンダーとGKのポジションも、けっして簡単ではなかったのだということがわかります。
それを、インステップやインフロントでなく、インサイドでやや浮かしぎみに打つ。しかも、スピードもハーフスピード。
実に実に、うまいシュートでした。
そこへ至るプロセスも、何回かの失敗をしたあとで、ほぼ完璧な崩しでした。
人数をかけて守る。マイボールになったら少ない人数、本田・松井・大久保と遠藤か長谷部の4人でなんとか崩す。うまくキープできたら、1~2人がオフェンスラインの後方からオーバーラップ。
後半の交替要員もほぼ完璧でした。2006年のオーストラリア戦と比べれば、ベンチの意図とピッチ上の思惑は一致していたようです。
さて、オランダはカメルーンと同等か上の個人能力。プラス組織力です。
カメルーン戦以上に、守備的にならざるをえないでしょう。
というより、ボール支配率、地域支配率ともに40%いかないかもしれません。
でも、「勝ち」を模索するのだとすれば、勇ましい「玉砕」よりも「専守防衛」からのカウンター狙いが妥当な作戦だと思います。
とにかく後1時間半です。もうゾクゾクしています。
がんばれ日本代表。

某スポーツ誌ライターの批判
さて、サッカーマガジン6.19号の冷静な分析に対して、いささかヒステリックに思えたのが、N誌6/25増刊。
ほとんどの原稿が書かれたのが、ゲームの前だったようなのでしかたないのかもしれません。
でも、だからといって岡田監督の新布陣と戦い方をボロクソにけなすことはないでしょう。
やれ「ブレた」だの、「いまになって変えるなんて無能だ」だの。戦う前からケチをつけっぱなしです。
とくに、K崎某は、46~48ページでけなしまくっています。
たしかに素材の選び方に多少の問題はあったのかもしれません。でも、「じゃあ変わりにあなたの好きな○○を入れていたら満足したんですか」と問いたい。さらに、戦い方も、「あなたの好きなバルサのようなポゼッション・サッカー」をやるなら満足するのですか」問いたい。
そして、決定的なこと。「それで負けても満足なのですね」と聞きたい。
総じて、N誌のこの号は、選手の「思い」だとか、選手個人の「物語」を重視しすぎです。
プラグマチックに「勝つ」「負ける」のための戦い方を分析し、ライター自身の考えでは「それのどこがいいのか悪いのか」を、きちんと書けばいいのです。
いいかげん、山際型の文体やら視点はやめてほしい。
それに、やたらにネガティブでシニカルなものの見方もやめたらどうですか。
何も提灯記事を書けというのではありません。

さて、次号のN誌のスタンスは?
サッカーマガジンの20ページ、大住氏と後藤氏の記事を読んでご覧なさい。
この二人は、きっと日本を戦う前から応援していたことでしょう。その上での批判であり評価です。
N誌の大部分のライターに欠けているのは、あんたたちがクソミソにけなしている監督や選手は、あんたたちの代表でもあるのだという心です。
要するに、それはけなされているのはあんたたち自身だということです。
次号、布陣や戦い方はどうあれ、勝った日本代表に対する評価はどうなんでしょう。
たしかに、未来的なサッカーではありません。
でも、ボールをほうりこんでひたすら競り合って、ゴールをもぎとる、テクニックにおいてはしょうもないアイルランドのゲームにも感動はあるのです。
なんぼ華麗でも負けたらパーです。負けても、華麗さで評価するのはブラジルぐらいのものでしょう。
日本は勝ってナンボです。
もし、それが日本の伝統となるのなら、それはそれでいいと私は思います。
そこまでN誌とその取り巻き「思い」ライターは徹しきれるかなあ。
根性はないくせに、豹変だけはしないだろうなあ。

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